ワシントン旅行

暖かくなってドライブ旅行に出かけました。

最初はワシントンまで、確か1週間程度の旅でした。

ピッツバーグから対向車線との間に広々とした緑地がある高速道路を東にとって、
そのままワシントンには入らず、
バージニア州シェナンドー国立公園の山並みを南下。
展望台からは美しい新緑の山々や谷を見ることができます。
遠目には桜に似たドックウッド(アメリカハナミズキ)がところどころ咲いていました。
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多分このあたりはジョン・デンバーが[Country Road]で歌った世界です。

[Country Road]の出だしの歌詞では、

Almost heaven, West Virginia.
Blue Ridge Mountains, Shenandoah river

(ウェスト・バージニア、天国のようだ。
ブルーリッジ山やシェナンドー川)

と歌っていますが、実際にはこれらの山河は殆どがバージニア州にあります。

(ここをクリックするとYouTubeで[Country Road]を聞くことができます)

(Wikipediaでみると、この美しい自然にも過酷な歴史があったようです)

山脈から東にそれてシャーロットビルに1泊しました(記憶があいまいです)。
第3代米国大統領ジェファーソンゆかりの地で、
バージニア大学がある文教都市です。
「学生が多かったな」という記憶があります。
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そこからともかく合衆国の東の端の大西洋を見たくて、
リッチモンドをへてポーツマスまで行きました。
ポーツマスは歴史の教科書に出てきたような記憶があって、
それも東海岸にいった理由だったと思います。

ポーツマスは日露戦争の終結の条約をロシアと締結した土地です。

ポーツマスに至るとても印象的な道がありました。
記憶では片側1車線で真ん中にもう一車線ありますので、両側で3車線の道です。
何マイルあったのでしょうか、石畳の道で道の両側から大きな木が覆いかぶさっています。
木漏れ日の中を進むのはとてもハッピーな気分でした。

大陸の東の端ポーツマスは、実は大きなポトマック湾の入り口で、
湾の奥にワシントンがあります。
湾を挟んだ対岸にはデルマーバ半島が突き出ていて、
これはちょうど横須賀から房総半島をみているようの形をしています。
ポーツマスとデルマーバ半島の先端までは、
距離にしていくらもありません(およそ30Kmです)。

たまたま見かけた観光案内の看板に、ポーツマス(ノーフォーク)から半島の先端に向けて、
海底トンネルがあることが分かりました。

旅行の予定にはなかったのですが、
急遽この海底トンネルを通ることにしました。
周りになにもない海の上の橋をどんどん進んでいくと、海底トンネルに入っていきます。
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今は日本にも東京湾等いくつかの海底トンネルがあり珍しくありませんが、
その海底トンネルはおそらく50年位前にはできていたのでしょう。
私は日本であちこち旅行したことがなかったし、
日本の事情も知りませんでしたので、
海の中を自動車が進むなど、大変驚きました。

対岸には田舎の漁村が点々とありました。
半島を北上すると自然保護区=サンクチュアリーがありましたので、
行ってみることにしました。
人気もないチンコテーグ島で野生の馬が生息していました。
アメリカの自然の一断面をみることができて、いつまでも印象に残っています。
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そして念願の、鉛色した大西洋の海に触れることができました。どうでもいいことですが…

さらに北上して、片側何車線もある大きな橋を渡って、
ワシントンの北、アナポリスに入りました。

海底トンネルといい巨大な橋といい、
アメリカの高度な土木技術に痺れました。

ワシントンは桜が終わりかけていましたが、
オノボリさんよろしく、きょろきょろと、
ホワイトハウスやスミソニアン博物館や駆け足でまわりました。

多分2,3泊したと思いますが、細かいことは忘れてしまいました。

Falling Water 落水荘

ピッツバーグには外国からきた留学生を一般家庭が世話をするプログラムがあって、
私は「手違い」で二つの家族(スチュアート家とハーティ家)のお世話になりました。

スチュアート家の旦那さんの仕事は良くわからなかったのですが、
奥さんが「肝っ玉」母さん風で、「おじいさんだかが昔日本に来た」ような話でした。
古い家柄らしく(家名からして古風です)家は林の中の一軒家で、
確か100年以上前に建てたというとてもがっちりした木造の家でした。
夏に伺ったときは、庭に無数の蛍が飛んでいました。

ハーティ家は今風の中流の弁護士の家族で、
郊外の新興住宅地に住んでいました。
旦那さんが若い頃、日本に来て英語を教えていたということでした。

どちらの家からも、何かがあると呼んでくれて、
アメリカの家庭生活の一端を経験させてもらいました。

スチュアート家では、サンクスギビングデーに呼んでいただき、
七面鳥の家庭料理をごちそうになりました。

ハーティ家では、雪のクリスマスに呼んでいただきました。
明るい現代風の教会にいき、
「これはクリスチャンの行事だから、嫌なことはしなくていいよ」
と旦那さんがいってくれましたが、キリスト教のクリスマス・ミサを垣間見ることができました。
ミサの後は自宅に帰ってパーティーです。
隣近所と行き来して、楽しい幻想的なホワイト・クリスマスの夜を経験しました。

 

このブログでも書きましたが、私はもとはといえば建築家ですが、
30歳ころ色々考えて、人生の舵ををコンピュータの世界に切っていました。
カーネギー・メロンに行ったのも3D-CADの研究のためでした。

アメリカでも周りの人にその話をしたと思いますが、
ハーティ家の奥さんがピッツバーグ郊外にあるライトの有名な落水荘に連れて行ってくれました。

記憶によると、落水荘はビッツバーグのダウンタウンにある百貨店カウフマンのオーナーの別荘です。

今(当時)は個人ではなく、ピッツバーグ市が管理していました。
年間の見学人数も制限しているようでした。

どこをどう通って行ったかわかりませんが、
結構車を走らせて、森の中に落水荘がありました。
近くに隣家があるようなところではありません。

広い敷地で周りは雑木林だったと思います。
受け付けから少し歩いて、落水荘が現れました。
建築を志したものは誰でも知っている有名な建物です。

この家の部屋にはドアがありません。
高低の空間を巧みに配置した、
刺激的な建築です。

「屋上はこうなっているのか」とか
部屋の下を手の届くところに滝がしたたり落ちたりとか。
とてもとても感激しました。

(ここをクリックすると[Falling Water]のホームページをみることができます)

アメリカの思い出 家族と

春になって、その年の4月には大雪が降りましたが、
アパートを借りて日本から家族を呼び寄せることにしました。
息子たちは4歳と2歳前で、丁度今の孫達と同じ年頃でした。

ピッツバーグまでの適当な便がなかったので、
妻は幼い息子二人を連れてロス経由でシカゴにやってきました。
私はピッツバーグから飛行機で迎えに行き、
シカゴ空港からレンタカーで確かミシガン湖に近いホテルまで移動しましたが、
これまでピッツバーグの郊外でどうにか練習していた若葉マークにとっては、
シカゴの高速道路はとんでもない世界で、完全にパニクッていました。

妻にナビゲートさせ、
「右はどうか」
「後ろはどうか」
と緊張しっぱなしだったと覚えています。

 

渡米の目的は、受け入れてもらったカーネギー・メロン大学の研究室で一生懸命勉強し、
同時に少しでも研究室の役に立ちたいと意気込んでいたのですが、
肝心なところでは立ち入り禁止です。
それくらいなら大して得るところもなく、
日本の研究所でやっているのと同じなので、
ドライブであちこち行ったり、旅行をしました。

後で教授から、
「当時軍の仕事をしていたので、仕事の中に入れることはできなかった」
のような手紙がきました。
教授は3DーCADの研究をしていましたので、
湾岸戦争で夜間空爆のTVをみたとき、
「このシステムに関与していたのかも知れない」と推測しています。

アメリカでは大きな旅行を3度しました。

一度はピッツバーグからワシントンまで、
二度目は同じくピッツバーグからカナダのモントリオールまで、
三度めは帰国途中のサンフランシスコ、ロサンデルス、ハワイのスピード旅行でした。

旅行はいずれもドライブ旅行でしたが、
アメリカの美しく広大な自然と土木技術の素晴らしさに驚嘆しました。

 

志に反して時間を持て余し、ドライブ旅行を楽しみましたが、
考えてみれば、凡庸な青年であった私が、
一念発起して、「勉強しよう」と覚悟をきめてから、
およそ15年学び研究することだけにベストをつくしてきましたので、
このアメリカ滞在は神様がくれたご褒美だったと思っています。

一生に残る思い出となりました。

アメリカの思い出 運転免許

アメリカに勉強にいって、もう35年にもなります。
当時、日本はまだ発展途上で、為替レートは170円程度でした。

当時私は東京で働いていましたので、
公共交通が発達していて、
特に自動車免許が欲しいと思ったことはなかったのですが、
「せっかくアメリカに行くのなら免許をとったら」
と同僚に勧められて、
アメリカに行ったら免許を取ることにしました。

自動車免許は州で管理していますので、州によって取得の難易度が違うようです。
私が行ったのは、ペンシルバニアのピッツバーグです。
ペンシルバニアは免許は難しい方だということです。

免許を取る前に車を買いました。
買うとなれば一刻も早くマイカーがほしかったのだと思います。

アメリカでは個人で小さな新聞広告を出します。
マーキュリー・マーキーという7年落ちの車を確か1300ドル程度で買いました。
当時のアメ車はとても大きくて、
特にこの車はフルサイズと言われるもので、
横幅が約2メートル、長さが6・7メートル、
排気量は600CC程度だったと思います。

当時はまだ安ホテルに宿泊していましたので、
この大きな車をホテルの駐車場に置いて、
「早く乗りたいな」と毎日眺めていました。

自動車を買っておいて、免許を取るべく行動を始めました。
警察にいって小冊子をもらいます。
巻末に50問程度の問題が載っています。
たとえば、「時速何マイルで走っていてブレーキをかけると、停止までに何ヤード進むか」
のような実用的な問題です。

この問題集を勉強して、試験場に行きます。
口答試験があって、試験官が3つの問題をだします。
それに合格すると仮免許を呉れます。

この仮免許を持っていれば、
自分の車でも誰の車でも、隣に免許保持者が座れば、街中を自由に走ることができます。

私はアメリカに知り合いがいませんでしたので、
Driveing Schoolに行くことにしました。
といってもそこに練習場があるわけでなく、
Driveing Schoolが迎えにきた車にのって、街中をぐるぐるまわるだけです。

車の練習で走りやすい場所をまわります。
ピッツバーグは古い町で、高級住宅地も走りやすいので恰好の練習場です。
車窓からみる住宅は巨大な屋敷でお城のようです。
巨木に囲まれた、石造りの建物はいったい何部屋あるのか想像もできません。
「アメリカのお金持ちは桁違いなのだな」と感心しました。

Driveing Schoolでは何も教えてくれません。
運転の初心者はコーナーを回るのに、
どこでハンドルを切ればいいのかタイミングが分かりません。

隣に座った教官に、「ハンドルをどこで切ればいいか」を聞きますと、
「やってみろ」といいます。
わたしがともかく街角でハンドルを切って見せますと、
「それでいいのだ」というだけで、それ以上なにも教えてくれません。

そうこうしているうちに、
教官が「免許をとりにいってみろ」といいます。

街外れの試験場に行くと、試験官が横に座って、
「回ってみろ」といいます。

私は何も教わっていないままに、ただただ運転を失敗しないように、
集中しています。
すると、試験官が「あそこにストップの看板があったろう」というようなことで、
落とされました。
それはそうだと思いましたが、車の免許を取りに行ったことがない人間にしてみれば、
そのようなことが採点のポイントだとは知りませんでした。
Driveing Schoolで「試験のポイントくらい教えてくれよ」と釈然としない気持ちでした。

合格すると、仮免にスタンプで合格印を押してくれます。
即、街中で運転することができます。

考えてみれば視力検査等もなく(あったかも知れませんが、記憶にないくらい簡単だったかも)、
免許費用も2,3千円だったと思います。
アメリカらしく到ってシンプルでした。

ところで大きな車を初心者が乗りこなすのは大変でした。
左ハンドルで車の右端がどの位置にあるのか、
信号待ちでは長い鼻先がどこにあるのか、
広い無人の駐車場を見つけては、何度も何度も車から降りて確認したものです。

一人暮らしで時間を持て余した時は、練習を兼ねてよくピッツバーグの郊外をドライブしました。
アメリカの道はどこも歩道があって、日本とは比べ物にならないほど走りやすいです。

高速道路も整備されていて、しかも高速代もとても安いので、
車窓からでしたが、アメリカの風景を楽しみました。

チョットだけ WordPress

このブログを始めて3年を超え、
記事も150回近くになってきました。
初めは気楽にポチポチ書いていたのですが、
だんだんまとまった記述になってきて、随筆でも書いている風です。
(随筆路線を守るのもきついですが)

さて、このブログはWordpressを使っています。
WordPressのユーザとしては3年の経験ですが、
6月のブログでも書きましたように、Wordpressの中身は殆ど知りません。

[最近の投稿]で表示する数を最初はデフォルトで確か30くらいにしていました。
ブログが増えるに従ってこの設定も増やしてきましたが、
100とか200とかにするのもミットもないと思います。

HtmlのTEXTAREAのように幅と高さを固定すると、
はみ出した部分はスクロールして見えるようにしたいと思いました。
いちWordpressユーザとしては、どのようにすればそれが実現できるのか、
プラグインをいろいろ調べたのですが、
分かりません。

WordPressの日本サイトのフォーラムに投稿しました。
するとすぐに「こうしたらいいよ」というPhpのコードを教えてくれた人がいます。

ところがそのコードをどこでどのように使ったらいいのか分かりません。

何回かやりとりをしているうちに、
[最近の投稿]を記述しているHtmlのCLassを簡単に知ることができると気づきました。

あとはスタイルシートでこのCLassの高さと幅を設定し、[overflow:auto]とすれば、
期待通りのスクロール付きの[最近の投稿]を作成できました。

2週間位前からこの形の[最近の投稿]を使っています。

今回フォーラムで直接解答を得たわけではありませんが、
インターネットの世界では、疑問を適切なところに投稿すれば誰かが反応してくれますし、
そうでなくても「探し物をするにはインターネットほど便利なものはない」
とありがたく思ってます。