月別アーカイブ: 2018年10月

1 post

九州に転居しました

妻の癌治療が一段落したので、妻の実家がある九州(福岡県T市)に転居しました。

私たちももう歳なので住まいを変えたくないのですが、妻の実家で妻が帰らなければいけない事情があったからです。

私としては初めて住む町だし、これまで住んでいたところに比べたら随分田舎だし、第一友人がいないのが辛いところです。

この先どうなるかわかりませんが、ともかく暫く住んでいかなくてななりません。

ぼんやりしているもの嫌なので、市役所のホームページをみると、「これからの町づくりを考える会」のようなものがあったので、さっそく応募して、先日2回目の会合にあり出席しました。

参加者は約50名、市役所職員、コーディネーター、一般応募者のほかに3分の1程度が地元の大学生で構成されています。

会は流行りのワークショップ形式で、コーディネーターの指示に従って、3つのグループに分かれて議論していきます。

一回目の会議で出された宿題は、「この町のいいところを写真に撮ってきてください」というものでした。私のこの町に対する印象はよくないので、「いいところ」を見つけるより「悪いところ」に目が移ります。

ワークショップの手法として、「いいところを見つけてそれを伸ばそう」という方向付けだと思いますが、私はこの手法は時と場合により有効であったりそうでなかったりすると思います。

「悪いところを見つけて、それをいいものにしよう」という発想が欠けています。だから、悪いところに目が向かない。

少し失礼な言いかたをすれば、どうでもいい小さないいとこの寄せ集めになります。もちろんこの中からいい珠を磨きだそうということでしょうが、磨くに値しない石ころばかりで、鳴動泰山ネズミ一匹で終わる可能性があります。
「これなら大騒ぎすることはない。観光協会発行の小冊子で十分だ」になりますす。

ここで、このテーマへのスタンスの取り方が問題になります。

「いい街にしよう」が、「この街に住む人たちにとっていい街にしよう」なのか、プラス「旅行者や観光客が寄ってくるほどのいい街にしよう」なのかで意見が違ってきます。

町の中心部にある廃屋になって錆びだらけの「バスターミナル」で議論が分かれました。

この町に住む人は、「懐かしい場所だ。いつまでも保存してほしい」になりますが、私のようなよそ者からすると「目ざわりだ。99%の観光客にいい印象を与えない。一刻も早く取り壊すべきだ」になります。

「外からの目に気を使い、他所からも訪れたくなる町にしたい」と考えるか、「よそ者はほっといてくれ。自分たちが快適であればいいのだ」を取るかで随分話が違ってきます。後者であれば、他人がどうこういう権利はないし、口出しすべきではありませんが、他人からすれば魅力のない活気のない町=井の中の蛙に成りかねません。

市で主導するこの会の方向が後者であれば、よそ者である私の立ち入る場所はないし、邪魔でしょうから退会しようと思います。

一方、外部の人の目からしても、いい街にしたいというのであれば、よそ者の意見も貴重かもしれません。

この先どうなりますか。