前進

5歳になると色々な心理を見せます。
私が母親を叱ってから、晃一君も私を敬遠するようになりました。

一日おいて朝、コーちゃんに「釣りにいくかい」と聞くと、
「行く」といいます。
機嫌のいい時に釣りに行く話をしていたのです。

インターネットで調べた山間のヤマメの釣り堀に行くことにしました。

道中、私は晃一君に話しかけますが、彼には引っかかるものがあります。
いつものように快活に返事をしてきません。

「歌をうたおうか」とか「お話しようか」といっても乗ってきません。
やがて後ろの座席で、うつぶせになって眠ってしまいました。

2時間近く車を走らせて、釣り場に到着しました。

釣り堀には、子供たちのためにヤマメのつかみ捕り施設がありましたので、
さっそく挑戦しました。

しかしいけすの中とはいえ、生きた魚を手づかみすることは、
5歳の子の初めての挑戦としては難しい作業です。

手でつかみに行ったり、バケツをかぶせてみたり、
さんざん試みますが、うまくいきません。
やむを得ず私も靴下を脱いで応援しました。

幸か不幸か魚も弱ってきて、追いつめたバケツに一匹とらえることができました。
2匹まで権利があったのですが、
それで彼も私も満足しました。

続いてヤマメ釣りに挑戦しましたが、
釣り堀のヤマメはまったく見向きもしてくれません。

しばらく粘りましたが、あきらめて5匹のヤマメをもらって、帰途に就きました。

途中小さな町でたこ焼きのお店があったので、遅い昼食をとることにしました。
食卓が二つの小さなお店です。

一つには多分小学生二人をつれたお母さんが陣取っていました。

コーちゃんはもともとたこ焼きが好きです。
おかみさんが注文をききますと、
「マヨネーズはいや、青のりとおかかを降ってください」と注文を出します。
少しきょろきょろしますが、元気な快活な子になっていて、
おかみさんがフライドポテトをサービスしてくれたときと麦茶を運んでくれたときは、
元気よく「ありがとう」といいます。

大きなたこ焼き8つとじいちゃんのお好み焼きを少しと、
アイスクリームを半分こして、
いつものコーちゃんとじいちゃんの姿になっていました。

おかみさんは、「とてもしっかりしたいい子ですね」といいます。
「超わんぱくです」と答えましたが、
じいちゃんと二人の時のコーちゃんはとても良い子だと私も思います。

家に帰って、遊んでいると何の拍子か忘れましたが、
突然大きな声で「じいちゃん、大好き」と二度いいました。

私は少し驚きました。
これまでそこまではっきり言ったことはなかったのです。
彼の心理分析は止めにして、
仲のいい孫とじいちゃんの関係に戻って、素直にうれしく思いました。

 

日曜日に義父と義妹の法要があり、妻の兄弟が集まりました。

妻の兄弟にはその配偶者を含めて沢山の医者がいます。
一人は国立病院の小児科の医師で、
子供やその親の心理および精神の専門家です。

晃一君の母親は、この医師に息子の育て方について相談していたようです。

みんな帰った後で、母親が私の部屋にきて、
先日の行動について謝罪しました。

勿論私は受け入れました。

「我が家の意思疎通が一つ前進した」
とホットしました。

孫達が帰る日、妻と二人で新幹線の駅まで見送りにいきました。
嫁が列車に乗り込むとき、
「おじいちゃんと話ができてよかったです」といいました。
「そうだね」。
これでよかったのだと内心少しうれしくなりました。

晃一君は今日は機嫌が悪く、グズグズしていましたが、
列車が動き出すと、いつもの快活な笑顔が車窓の向こうで精一杯手を振っていました。

「少しずつでも前進していけば、それでいい」と思っています。

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