リコルドと嘉兵衛

ゴロウニン事件に興味を惹かれ、
司馬遼太郎の「菜の花の沖」(文春文庫、2000年、以下「菜の花」といいます)と、「ロシア士官の見た徳川日本」(講談社学術文庫、1985年、以下「ロシア士官」といいます)を読みました。

ただし、「菜の花」で読んだのはゴロウニン事件に関係ある部分、5巻の一部と6巻全部だけです。
一方、「ロシア士官」には、ゴロウニンの「日本俘虜実記」の第三章に相当する「日本国および日本人論」と、リコルド副艦長の「日本沿岸航海および対日折衝記」(以下「リコルドの手記」といいます)が、収録されています。

始めに「菜の花」を読みました。
この中では、ゴロウニンが逮捕されたいきさつは「日本俘虜実記」に従って書いています。

リコルドと嘉兵衛のやり取りについては、「リコルドの手記」と嘉兵衛「高田屋嘉兵衛遭厄自記」がネタだと思います。

今回、私はリコルド本は読みましたが、嘉兵衛本は読むことができませんでした。

「菜の花」ではリコルドと嘉兵衛の会話に多くのページを費やしていますが、小説での「嘉兵衛の言動は芝居じみている」と思います。

一方の「リコルドの手記」はこのあたりはさらっと書いています。
リコルドと嘉兵衛の間には通訳がいなくて、不自由なやり取りだったのですが、それでも沢山議論をしたことが伺えます。

 

さて、この度読んだ本で感銘を受けたのは、ここに登場する人たちの人間性についてです。

日本にも色々な人がいますし、ロシアにも色々な人がいたでしょう。
すべての人がすばらしかったとは言えませんが、200年前の一部の人は崇高な精神の持ち主だったということです。

当時嘉兵衛45歳、グロウニン35歳、リコルドも恐らくグロウニンと同年配だと思います。

ゴロウニンの「日本俘虜実記」は多くの人が絶賛しているように、著者の冷静・沈着、ことの本質を的確にとらえる知性を感じさせます。

一方、嘉兵衛とリコルドの1年足らずの生活は、理性と感性と正義感の火花を散らす対決だったと理解します。

全く異なる文明・政治機構で生きてきた人たちの、しかしお互いに共有することのできる、知性・正義感はどのように育成されたのか、
興味はつきません。

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