やりたいこと

歳をとってきて、「もう勉強してもしょうがないか」と時々思いますが、頭が錆びるのを待っているのも芸がないので、健康に気をつけながら勉強していきたいと思います。

 

私はこのところAccessの仕事をしていました。

大きくもない10万行程度のパッケージソフトを作るとき、DBとしてはAccessが最善だと思っています。

その理由は、AccessRuntimeが走ってさえすれば、Accessファイルをターゲットコンピューにコピーするだけで動作してくれるからです。
万一AccessRuntimeがインストールされていなくても、インストールプログラムから簡単にAccessRuntimeをインストールできます。

一方SQL Serverでは、
ターゲットコンピュータにこれがインストールされていることは殆どありませんので、まずSQL Server Expressをインストールして、次にデータベース(インスタンス)を所定の場所に配置し、SQL Serverに接続しなければいけません。

特定の顧客のためのシステム開発であれば、手作業でこれらをセットアップすればいいので、大して問題ではありませんが、パッケージソフトのセットアップで処理するのは難しいことです。

従って、パッケージソフトの開発にSQL Serverを使うのは躊躇します。

 

前置きのようになりましたが、いっとき私はEntity Frameworkを勉強したのですが、AccessでEntity Frameworkが使えないので、その後Entity Frameworkから遠ざかっていました。

最近、Entity Frameworkの技術が進歩していることを知りました。私が勉強したのは、多分バージョン1だったと思いますが、今はV6がリリースされています。

これまで私が書いていたデータベース・プログラムは小さいものですから、AccessでAdoやLINQを使って、DataBaseを直接操作していました。
しかし、本格的なプログラムとなると、User InterfaceとStorageの間に階層を設けて開発しないと、事が複雑になるといわれています。Entity Frameworkはこのあたりの勉強にはいい教材になりそうなので、今後Entity Frameworkを実務で使うかどうか分かりませんが、もう少し勉強しておこうと思います。

以前購入していた、Larry Tennyの”Entity Framework 4.0 Recipes”を少し読み始めました。問題を解いていく形になっていて、少しずつ分かりやすく解説しています。
数年前、Lermanの”Programming Entity Frameword”という本を少し読みましたが、何故かとても読みにくいものでした。
同じLermanの”Code First”と”DbContext”という本がアメリカAmzonで評判がいいので、買いました。読んでみようとおもいます。

 

これまで何度も書きましたが、パッケージソフトのセットアッププログラムにWixを使いたいと思っているのですが、結構ややこしいし、文献も少ないので、勉強はなかなか進みません。

これもものにしたいと、Nick Ramirez”Wix 3.6:  A Developer’s Guide to Windows Installer XML”(PACKT)
を積読しています。

 

当サイトの引越しをしたいので、Joomla の最新版を勉強して、できるだけ早く移植したいと思います。Eric Tiggeler”Joomla! 3 Begginner’s Guide”(PACK) を勉強中です。

よくあることですが、読もうと思って買い込んで、やがて忘れてしまった本があります。Jennifer Marrriot”The Official Joomla {book}”(Addison Wesley)がそうです。こちらは教科書風というかマニュアル風の書き方です。

一方のEric Tiggeler”Joomla! 3 Begginner’s Guide”は例題に従って、Step By Stepでサイトを構築するように書いています。2冊が補完する形で丁度いいです。

 

これら全部を今年中に読めそうにありませんが、できる限り努力したいと思います。
それから、韓国については一通り勉強しましたので、そろそろ中国について勉強したいと思います。

年を取ったら意識して運動しないと、ついつい運動不足になります。できれば週2回のゴルフの練習と、月2回のラウンドを目標にしています。

余談ですが、ゴルフの平日料金は安くなって、関東のそこそこのゴルフ場でも、昼食付きで6,000円代は珍しくありません。
しかも、高齢者はゴルフ場利用税(800円程度)が半額だったり、全額免除だったりします。
さらに、インターネット申込者本人はプレーフィー無料というケースもありますので、昼食代だけで、一日プレーできる幸運も時にはあります。

Vista to Windows 7

Dell Studio 540が私のメインのコンピュータで、もう4年も使っています。
確か、一年ほど前、「ハードディスクがおかしい?」と思って、
早めにハードディスクを交換しましたが、
その後も特に不自由もなく使ってきました。

なによりも静かで、その点で気に入っています。

このコンピュータのOSはVista Homeでこれも特に不満もなかったのですが、
世の中、Windows 7からWindows 8、それも64ビットの時代になったので、
そろそろ私のコンピュータもアップグレードするかという気持ちになってきました。

アップグレードにより、各種のプログラムが動作しなくなることを恐れ、
最初に、DellのHDDのクローンを作成しました。

まず東芝、1T-HDD[DT01ACA100]を5千円チョッとで買い、
[クローンHDD スタンド]という装置で、
DellのHDDから東芝の新しいHDDにまるごとコピーしました。

東芝HDDをDellに装着しましたら、
東芝のHDDドライバのインストールが必要でしたが、
他は順調に動作しました。

Vistaへのアップグレードは二つの方法があります。
Dellについてきた古いWindows 7をインストールするか、
Action Packで買った新しいWin7をインストールするかです。

多分トラブルが少ないだろうと、
Dellが提供したもので、アップグレードすることにしました。

インストールそのものは問題がなかったのですが、
バージョンが古かったので、案の定パッチが沢山あって、
SP1をインストールし、PowerSuiteでレジストリの掃除をして、
Cドライブのデフラグをするのに、丸2日程度かかりました。

全部完了すると、結構早く動作するようになりました。

 

ソフトのテストで様々なターゲットコンピュータが必要になります。

32ビットOSと64ビットOS。
それにOfficeが32ビット版と64ビット版です。

最低でも4種類必要です。
テストのためだけに4台のコンピュータを用意するのは、
経済的ではありません。
私は、リムーバブルディスクを使っていますので、
HDDを4台用意すればいいのですが、それでも効率が悪く、
管理が面倒です。

XenServerとかVirtual Machineとか色々調べたのですが、
私の要求には大げさだったり、少し違ったりします。

システムコマンダを使うことにしました。
昔、HDDが高価で、DOSやWindows 3.1を一台のコンピュータで使いたいときに、
ディスクを分割して、マルチブートするものです。

私自身重宝して使っていたのですが、何時の頃からか使わなくなっていました。

今回調べたら、残念なことにライフボート社が販売を終了していました。

オークションを探してみたら、なんと980円で売っていましたので、
購入しました。

新品が届きましたが、マニュアルを見ると、Windows OSはVistaまでのようです。

OSの起動ではディスクに書かれた特殊なエリアを利用します。

昔のBiosはMBR(マスター・ブート・メモリー)仕様を使っていましたが、
Vista以降は、GPT(GUIDパーティションテーブル)を使っています。

システムコマンダーはMBRだけしか扱えないので、
64ビットOSは駄目のようです。

買っては見たものの役に立たないかもしれません。
試してみます。

工事

団地の外装・改修は順調に進んでいます。

南壁面・ベランダの工事は多分今週で終了すると思います。
ベランダでは、防水の下塗りを何度もして、今週シートを張るようです。
最終チェックをして終わりです。

一ヶ月強、南面に防護シートを張っていましたので、うっとうしかったですが、
15年前の工事で、半年以上も足場を組んでいたのに比べたら文句は言えません。

さて、我が家のリフォームも進んでいます。
先週は風呂が完成しました。

以前の浴室はカビだらけになって汚かったですが、見違える程きれいになりになりました。
バスタブも低く、足を伸ばせる大きさになりました。

今回何よりよかったのは、乾燥暖房機をつけたことで、
たまたま今、ベランダに洗濯物を干せない状態ですが、
浴室で洗濯物の乾燥ができ、これはよかったかなと思っています。

工事中は3日間風呂に入れませんでしたが、
完成してみると、ゆっくりお風呂に浸かれて幸せです。

今週は、キッチンと洗面所の改装です。
洗面所はいいとして、キッチンが4日使えないので、今から不自由が予想されます。

今は、食器などの片付けが大変です。

リコルドと嘉兵衛 2

事件の数年前、6人の日本人が遭難し、ロシアで生活していました。
リコルドは、最初これらの日本人とグロウニンの交換を考えました。
戦争に明け暮れるヨーロッパでは、捕虜の交換はよくあることです。

この中に良左衛門というロシア語が多少分かる人間がいて、彼を通して国後の役人と交渉しようとしましたが、結局、リコルドは狡猾な良左衛門に翻弄され、「ゴロウニン以下全員殺された」という情報を得ただけで、良左衛門に逃げられてしまいます。

リコルドはおめおめとカムチャッカに帰るわけにもいかず、
国後沖で日本船が現れるのを待っているところに、嘉兵衛の船団がやってきたのです。

嘉兵衛はすでに日本、特に函館では有名人で、役人からも庶民からも絶大な信頼を得ていました。

リコルドは日本の事情は知る由もありませんが、一目みて並々ならぬ人物だと見抜きます。

リコルドは詳しくゴロウニンの話を聞くために、嘉兵衛をカムチャッカに連行します。しかも嘉兵衛の他に4人の日本人も。

嘉兵衛は、
「自分はロシアに行く覚悟を決めた」。
「連行されるのではないく、自分の意思でカムチャッカにいくのだ」。
「しかし、他のものは自分の意思でいくのではないので、連れて行くことはできない」
と抵抗しますが、
結局リコルドに抗しきれなくて4名を選ぶことになります。
嘉兵衛は人選に苦慮しますが、多くの水主(水夫)が涙を溜めて、
「自分を連れて行ってくれ」と嘉兵衛に迫る様をみて、リコルドは動揺します。

結局、4人の水主と一人のクリル人を連れてカムチャッカに向かいます。

カムチャッカへの航海途中、またカムチャッカで、リコルドと嘉兵衛は一緒に暮らし、言葉が不自由にもかかわらず様々な議論をします。

1年足らずでしたが、日本人にとって北の生活は辛く、2人の水主とクリル人が死にます。嘉兵衛自身も体調を崩しますので、リコルドは何とか事態を打開すべくまた蝦夷に向かいます。

 

丁度そのころ日本では、 事件の幕引きをする方針を決めていましたので、ディアナ号が蝦夷の沿岸に近づいても日本の砲撃はありません。

国後に到着後、ただちに二人の水主を上陸させ、役人と接触させます。このときリコルドは、「もし誠意ある返答がなければ、『嘉兵衛をロシアに連れ帰り、軍艦を整えて日本を攻撃する』と役人に伝えてくれ」といいます。

しかし、嘉兵衛は「そのようなことをいうものではない」と色をなします。彼にしてみれば、ロシア側の高圧的は態度は許せなかったのです。

結局、嘉兵衛は「事件の経過と、ロシアが厚遇してくれたこと、嘉兵衛は無事である」ことを伝えさせます。

水主を送り出した後、嘉兵衛は自分の考えを滔々と述べます。
「脅しは何の役にもたたない」。
「武力を行使すれば、日本は戦に負けるかもしれないが、ロシア側も多大の死傷者がでる」。
「自分を連行するといったが、もしそうなったら艦長および副館長を殺害し、腹かき切って死ぬつもりでいた」
その証拠に「水主には、私の後ろ髪を切ってもたせた」といいます。

それを聞いて、リコルドはとても驚き、嘉兵衛に全幅の信頼を置く覚悟を決まます。

翌日、今度は嘉兵衛が単身上陸することになり、リコルドは危険を覚悟で浜まで送っていきます。リコルドは、腹を決め、自分の持っている最後の札を切ったのです。

 

松前奉行所から「正式の釈明書等の提出」を求められ、ディアナ号は急ぎオホーツクに帰還。時を移さず、弁明書を携えて函館に現れます。

嘉兵衛は「自分は奉行の次の位の官位をうけ、正式に交渉の仲介役になった」と告げ、
弁明書を預かるといいます。リコルドは、それが日本の流儀と認め、弁明書を手渡します。

更にリコルドは、「イクルーツクの長官から重要な公式文書を携えているが、これは自分で日本の役人に手渡す」といいます。

嘉兵衛はそれも自分が取り次ぐといいますが、
「これはロシアの正式な親書であり、代理のものに手渡すことは、ロシアの威信にかかわる」として断ります。

嘉兵衛は納得し、「そんな大切な文書の伝達を任せてくれ、と僭越な要求をしたことを忘れてください」と謝罪します。

 

リコルドの手記を読んで、これは「人間ドラマ」だと思いました。200年前の話とは思えません。現代に通じる人間ドラマだし、世界中のしかも時間を越えた、人々に共通する世界観・道徳観が存在すると思います。

それに比べたら、韓国・中国とはどうしてこうも分かり合えないのでしょうか。

リコルドと嘉兵衛

ゴロウニン事件に興味を惹かれ、
司馬遼太郎の「菜の花の沖」(文春文庫、2000年、以下「菜の花」といいます)と、「ロシア士官の見た徳川日本」(講談社学術文庫、1985年、以下「ロシア士官」といいます)を読みました。

ただし、「菜の花」で読んだのはゴロウニン事件に関係ある部分、5巻の一部と6巻全部だけです。
一方、「ロシア士官」には、ゴロウニンの「日本俘虜実記」の第三章に相当する「日本国および日本人論」と、リコルド副艦長の「日本沿岸航海および対日折衝記」(以下「リコルドの手記」といいます)が、収録されています。

始めに「菜の花」を読みました。
この中では、ゴロウニンが逮捕されたいきさつは「日本俘虜実記」に従って書いています。

リコルドと嘉兵衛のやり取りについては、「リコルドの手記」と嘉兵衛「高田屋嘉兵衛遭厄自記」がネタだと思います。

今回、私はリコルド本は読みましたが、嘉兵衛本は読むことができませんでした。

「菜の花」ではリコルドと嘉兵衛の会話に多くのページを費やしていますが、小説での「嘉兵衛の言動は芝居じみている」と思います。

一方の「リコルドの手記」はこのあたりはさらっと書いています。
リコルドと嘉兵衛の間には通訳がいなくて、不自由なやり取りだったのですが、それでも沢山議論をしたことが伺えます。

 

さて、この度読んだ本で感銘を受けたのは、ここに登場する人たちの人間性についてです。

日本にも色々な人がいますし、ロシアにも色々な人がいたでしょう。
すべての人がすばらしかったとは言えませんが、200年前の一部の人は崇高な精神の持ち主だったということです。

当時嘉兵衛45歳、グロウニン35歳、リコルドも恐らくグロウニンと同年配だと思います。

ゴロウニンの「日本俘虜実記」は多くの人が絶賛しているように、著者の冷静・沈着、ことの本質を的確にとらえる知性を感じさせます。

一方、嘉兵衛とリコルドの1年足らずの生活は、理性と感性と正義感の火花を散らす対決だったと理解します。

全く異なる文明・政治機構で生きてきた人たちの、しかしお互いに共有することのできる、知性・正義感はどのように育成されたのか、
興味はつきません。