私的なこと

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孫のこと、家族のこと、私のこと

乳癌

母親の世話で長年遠方(九州)の実家で生活している妻から、昨年9月乳癌に罹ったと連絡があり、直ちに自宅(千葉県柏市)に帰らせました。

随分昔になりますが、実家の家業を仕切っていた妹が亡くなって、妻はその代役として実家の手伝いに行ったのが始まりで、当時はやるべきことをやって毎月自宅に帰っていたのですが、数年前母親が倒れて母親の世話がメインの仕事になってからは、妻は滅多に自宅に帰ることができなくなっていました。

自宅から10分ほどのところに国立がん研究センターがあって、羽田からの帰宅に妻が使っていた高速バスがここに止まりますので、私は何度も妻をがんセンターに迎えにいっていましたが、彼女は大抵夜帰ってきましたので昼間のがんセンターの顔を知らず、暗がりに浮ぶ人影のない大きな病院の外観をみて、「私たちとは関係のないことだが、癌にかかる不運な人がいるのだ」と他人事と思っていました。

しかし思いもよらず、妻が乳癌に罹ったと言ってきたとき、当院にかかるのが当然と考えました。

 

九州の病院では、両乳房に癌ができていて、かなり進行しているので全摘出するといわれ、彼女は覚悟を決めて長年生活で使っていた沢山の衣類を送り返してきて、直ちにがんセンターに行って癌の治療にかかりました。

がんセンターでは骨とリンパ節への転移を検査しました(検査名:シンチ)。
これらの検査は原理的にいえば、癌に集まる性質の微弱な放射性物質を体内に入れて、それを長時間露出で撮影して癌のある場所を特定するようです。話によれば東大グループがノーベル賞を受賞したカミオカンデで使ったと同類の装置だということで、私は検査室には入れませんでしたが、妻の話では相当大きな装置だそうです。

今回、私はがんセンターが近くにあってよかったとつくづく思いましたのは、がんセンターは最新の検査装置を備えていて、他のことは分かりませんが、検査は現在の日本のベストの機器を使うのだろうと推測されるからです。

検査の結果、骨や他臓器への転移はない。ただし右乳房には3センチ程度の浸潤性乳管癌が、左乳房には3センチ弱ののう胞内癌があり、右わきの下リンパ節には4つのセンチネルリンパ節がありそのうち一つには癌組織の存在が疑われる、左には一つのセンチネルリンパ節が疑われるということでした(なお、両乳房が同時に発症する確率は3%程度だということです)。手術は全摘出ではなく残せるところは残すという方針が示されました。

検査に時間がかかったのと、多分それ以上に病室に空がなかったのが原因で、1か月後の10月17日入院、19日手術を受けました。切除したのは、右が少し大きかったようですが、多分10×5×5センチ程度の左右の患部と、わきの下のリンパ節の一部を切除しました。右のリンパ節には1ミリ弱の癌の塊が一つあったようですが、左は切開して確認しただけで済んだようです。

多分内蔵と違って乳がんは手術としては簡単なのでしょう、なんと2日後には病院を追い出されました。

乳癌手術としても軽度だったのでドレインを使うことなく、一か所少し化膿しましたが、傷は比較的順調に回復しました。

続いて12月から3週間毎に4回の抗がん剤治療を受けました。妻は抗がん剤治療の悪評をネット等で調べていたので、受けたくないといっていたのですが、私は半分強制的に抗がん剤治療を受けさせました。
最初にすぐ顔に赤みが出たり、手足がうっ血しやがて「爪が浮く」といっていました。同時にひどい便秘になったり、髪の毛が抜けたり、両足にむくみが出たり…やはり大分辛い治療になりました。

2月5月~19日、抗がん剤治療中です。(画像をクリックしてください)

抗がん剤を注射すると抵抗力が落ちるので、抵抗力を落とさないように毎回2日後に別の注射を受けましたが、この注射もまた副作用があるようです。

ともかく、2月まで抗がん剤治療を受け、3月になってから今度は平日毎日計21回放射線治療を受けました。抗がん剤治療に比べてこちらの副作用は小さかったですが、少し火傷の症状を起こしたようです。

3月いっぱいで当面の治療が終了しましたが、未だに抗がん剤の副作用があって、夕方になると足がむくみますし、数本の足の爪が剝がれ(結果的に1本を残しすべての足の爪がとれました)、長い間動かないことで両足の親指が巻き爪になりました。

治療は一段落しましたが、癌がホルモン由来だったので、今後も薬を毎日5年から10年間呑み続けなければいけませんし、3か月毎に内科の診察と半年ごとに外科の検査(マンモグラフィー)を受けなければいけません。
今も抗がん剤やホルモン剤の副作用があるらしく、時々めまいや嘔吐があり、食欲もなく、また暫く動かなかったので筋力が衰え痩せたようです。

7月10日一通り治療は終了しましたが、後遺症が残っています。
髪の毛が縮れ、足の爪が剥がれました。(画像をクリックしてください)

当初妻は、ステージ4を覚悟していたようですが、がんセンターではステージ1か2だといわれ、5年後再発率は2~3%だということですから、年齢からして再発を余り気にすることはないのでしょう(私だった5年後生存率は50%程度でしょうから)。今は髪の毛も数センチに延びましたし、注意深く元気を取り戻していくしかないのでしょう。夏には普通の生活ができると期待しています。

今回の件で、幾つか考えることがあります。

まず、癌は絶対がんセンターにかかるべきだということです。
手術の腕は分かりませんが、検査設備が充実しているので、切開の前に癌の居場所や大きさを突き止めてくれる。それによって治療を最小限に抑えることができると思います。また国立がん研究センター東病院では一棟全部が手術棟になっていて、図面でみると1フロアに20程度の施術室があり、直下の階に検査室と薬品庫を配置しています。手術の途中で取り出した生体を直ちに検査し確認しながら手術を進めるのだと思います。
第二に治療はチームで当たっているので、一人の医者が暴走することはないだろうと、この点の安心感があります。

逆に、不満は担当医が判断を自分でしないで、こちらに投げる傾向にあることです。こちらは初めてのことで、説明を受けても、どうするのがいいか判断のしようがないのに、「これとこれがありますが、どうしますか」という言い方をします。

手術後、担当が内科に移って、内科での治療方針のオリエンテーションがありました。ここで、内科医が、血液検査でB型肝炎のサイレントが発見され、「抗がん剤を使用すると劇症化する恐れがあります」といいます。
私は少し驚き(私自身も同様サイレントがあるようですし、中高年では珍しくないようです)、癌に対処するには抗がん剤を摂取しなければならないのだから、発症の恐れを受け入れなければいけない。ただその対応に万全を尽くしていただきたい。と私は考えました。
私は、「万一発症したら、こちらで対応していただけますよね」と当然のこととして、確認しました。
ところが担当医の発言は「対応しません」といいます。唖然としこの「医者はなにをいっているのか」と怒りに顔が強張るほどでした。

このような対応はがんセンターの方針なのだろうか。それともこの担当医の人間性の問題だろうか。どちらにしても、今答は見つけられませんが、医療機関の人間としてのレベルの低さに驚いています。

 

それにしても、癌患者がなんと多いことか。毎日1000人以上の患者が外来しています。

また、わが家としては幸運でしたが、妻は70歳になったところで、年金以外の収入がないので、毎月の医療費の上限が低額に抑えられています。これが働き盛りの中年だと、数百万円の費用が掛かるのだろうと思います。

しかしそれ以上に国は、癌医療だけでも相当な負担をしているのだと実感しました。

透明水彩と写真を始めました

歳をとり、他の仕事が忙しいと、仕事の合間を使って、要領よく読書し感想文を書くのは、結構エネルギーを必要とするものだ、とつくづく感じます。

このところ一番エネルギーを割いたのは、地域のトラブルですが、ここでいうのは憚れますので、触れないでおきます。

もう一つの仕事は、私がかかわっているNPOでホームページを立ち上げたことです。これも一応完成して、いまからは内容を充実していく作業になります。皆さんが身近なものとして使うようになるには、これからが肝心なのだと思います。

 

透明水彩をやってみようと、義母の看病で別居している妻に話したら、妻がさっそく水彩道具を送ってくれました。

小学校のころは、水彩画をよく描いていましたが、これは画法としては油絵みなたいなもので、白っぽい部分は後から白色を重ねて塗っていました。
しかし、透明水彩は全く逆で、一番白い部分が紙の地肌ですから、原則薄い部分から濃い部分に描いていきます。

数冊透明水彩の入門書をアマゾンで購入して、描いてみましたが、とても難しくて、3枚描いたところでストップしました。

これでは先に進みませんので、何とか気持ちを奮い起こして、難しいことは考えないで沢山描いてみて、ともかくある程度のレベルにまで達したいと思います。
「第一最初から上手に描けるはずがないのだから、気楽に描こう」と思わなければ、先に進みません。

 

もう一つ始めたものがあります。

写真です。
NPOで広報紙を編集するようになって、もうじき2年になります。
地域の広報紙に文章を長々と書いてみても、誰も読んでくれませんから、できるだけ写真を沢山入れています。

広報紙は結構好評で、写真もいいと言ってくれるのですが、実は私は写真の素人で、すべてバカチョンで写しているだけです。どのようにしたらもう少しいい写真がとれるのか分かりません。

地域に写真クラブがあって、顔を出したのですが、彼らはオタクで、写真への熱の入れ方が尋常ではありません。高級なカメラを使って、毎日のように写真を撮っています。私にはとても敷居か高く、クラブへの入会を辞めて、メンバーの一人に個人的に教わることにしました。

世の中には親切な人がいて、懇切丁寧に写真の基礎を教えてくれましたので、後は、写真雑誌を買って、自分で色々やってみることにしました。

基本の基本は、風景写真を撮るときボケを第一に考えるので、適当な絞りを決め、絞り優先で、シャッターを切る。カメラは無難な明るさの画像を作成してくれる筈なので、後は好みに応じて、少し暗くあるいは少し明るく絞り補正をして、数枚同じ画面を撮影する。

被写体が暗いと、シャッタースピードが遅くなり、手ぶれが起こるので、その場合は受光面のセンサー感度(ISO)を上げる。

夕陽では、暖色が強くなるから(色温度が低い)、それが嫌ならホワイトバランスを調整する。

これが写真の基本でしょう。

後は、雑誌やWEBでいい写真とその撮影データをみて、それを参考に自分でも色々写真を撮ってみる(幸いデジカメの撮影データはPCで見ることができます)。

一生懸命やっても、ある程度思い通りの写真が撮れるようになるまでに、半年程度かかりそうです。

建築士定期講習終了証

一級「建築士定期講習終了証」が届きました。

合格率はおよそ99%ですから、ほとんど全ての受講者は合格するのですが、それでも自分がその1%になるかもしれないと多少の不安はありました。

結果は4月30日発表、終了証が5月1日に届きました。

これで晴れて、誰からもケチをつけられることもなく、一級建築士です。

建築士更新講習終了

昨日建築士定期講習および終了考査を受けました。
この間ブログの更新をストップして大変失礼しました。

ブログを書く時間がなかった訳ではないのですが、
受験勉強に集中するために、ブログにノータッチできました。

さて、今回講座で使ったテキストは、友人から借りたものと同じで、
予め数回読み返していたので大変助かりました。

講習の講師は二人で、法規関連部分は県の役人が、実務に近い部分は建築事務所のベテラン建築家が説明しました。

役人は延々とテキストの下線部分を読み上げるだけで、
どこが注意点とかまったく説明がなく最悪でした。
実務部分はさすが実務家らしく、ポイントを押さえて説明してくれました。

試験用紙は全員異なるといっていましたが、多分問題は同じで、問題の配列が異なるのでしょう。

一級建築士は40問、二級建築士は35問、木造建築士は30問、試験時間は全員1時間です。

木造建築士なるものがあることは今回始めて知りました。
大工さんが採るのでしょうか。

結果発表には1ヶ月程度かかるようです。
多分大丈夫と思いますが、どうでしょうか。

私は建築士免許を実務で使ったことがなかったので、
大切にしまいこんで結局どこにやったか分からなくなりました(実は2回目です)。この際再発行を申請し、昨日免許証明書なるものを受け取りました。
これは免許証ではなく、免許証と同等の資格証明書の位置づけです。
運転免許証と同じくICチップ入りのカードです。
今度は失くすことはないでしょう。

現時点で一級建築士の登録人数は35万強です。
私の免許証番号は5万番台ですので、古顔の部類です。
この年齢で、現役の建築家は少ないのでしょう。
今回の受講者では、私が最年長だったかもしれません。

これまで、一級建築士でありながら、自分で設計した建物がありません。
一度でもいいので設計したいと思います。
勿論、友人の建築家の助けを借りなければいけませんが。

一級建築士の定期講習

大分前のこのブログでも書きましたが、
私はもともと建築家で、およそ50年前に一級建築士の免許をとりました。
その後、建築家をやめて、コンピュータの世界にはいりましたので、
それからの私の人生では、建築家らしい仕事を殆どしてきませんでした。

数年前、建築構造の偽装問題が発生して、
「構造計算の専門家は、定期的に試験を受けなくてはいけない」と理解していたのですが、いわゆる「建築家」は関係ないと思っていました。

ところが先日知人と話をしていたら、
建築士は3年毎に講習を受けて試験に合格しなければ、
建築士の看板を出して仕事をしてはいけないということです。
(建築士の免許が無効になるわけではないようです)

将来、私が建築家の看板を出すこともないと思いますが、
折角とった国家資格が価値を失うのも寂しいので、大急ぎで受験することにしました。今年度の講習は、東京はすでに満杯で、かろうじて千葉県の講習が空いていたので申し込みました。

 

何年振りの試験でしょうか。
私は実務経験が乏しいので、試験に一発で合格できるかどうか、全く自信がありません。

友人の建築家に講習のテキストを送ってもらいました。
A4版2冊、全450ページ程度です。
少し読んでみましたが、私にとっては結構難しい勉強かもしれません。

なんとか、一発合格したいと思っています。