中国論

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チベット

韓国は分かった(自分なりに)。

しかし、日本の周辺国についてあきれるほど何も知りません。
続いて中国について勉強しようと思います。

中国本体の勉強はそれだけで大変ですので、
中国をとりまく周辺国の勉強から始めたいと思います。

私が今周辺国といっているのは、モンゴル、ウィグル、チベットおよび東南アジアの国々のことです。
中国からすれば、モンゴル、ウィグル、チベットは周辺国ではなく中国の一部です。

周辺国の定義はどうでもいいのですが、ともかくこれらの国の勉強をしようと思います。
最近ウィグル族が事件を起こしていますが、先ずチベットから勉強を始めます。
ウィグル族を先にするか、チベット先にするかは問題ではありません。

何れどちらも勉強したいと思います。

手始めに、Amazonで高評価の大井功[『チベット問題』を読み解く](2008年、詳伝社)を読みました。
結論からいえば、物足りない内容です。

客観的なデータ、事実関係の記述が少なく、主張が表層的です。

それはともかく、今回勉強したチベット問題をご報告いたします。

本来チベットは中国の西に広がるチベット高原に広がる地域です。
高原の周辺は5,000メートルから8,000メートルの山々が連なった広大な地域で、
現在のチベット自治区はその一部に過ぎません。
チベット高原の東の地方は、
すでに四川省・青海省・甘粛省・雲南省の一部として中国に組み込まれています。

チベットの人々はチベット語を話し、敬虔なチベット仏教を信仰しています。
あきらかに漢民族とは似ても似つかない民族で、
長い間独自の王朝を維持してきました。

中国に辛亥革命が起こったとき、チベットは独立国だと主張しましたが、
国民党蒋介石はチベット、モンゴルに武力介入をします。

共産党が国民党に勝利し中華人民共和国を樹立したのち、
毛沢東は「チベットの開放」の名のもとにチベット侵攻を実行します。
1949年チベットの最高指導者代々ダライ・ラマ13世の時代です。

中国によるチベット支配は、何を意味するか。
漢民族とは全く異なる生活習慣、信仰心の篤いチベット人を、
宗教を否定する共産党の支配は悲惨です。

1959年ダライ・ラマ14世が、
北インドのダラムサラに亡命政府を作り、今日に至っています。

この本では、ダライ・ラマ14世の人柄やダラムサラの様子などを書いていますが、
今私が知りたいのは、もっと実のあるチベットの様子です。

別の本を読んでみようと思います。

タウンゼント「暗黒大陸 中国の真実」

私は中国あるいは中国人を殆ど知りません。

これまで「中国は日本文化の源流だ」と、何はともあれ敬意をもってみていました。
漢字や仏教や様々な文化を教えてくれたのは中国であり、私が大好きな[三国志]は、日本がいまだ未開時代の歴史物語です。「中国は日本にとって文化や道徳の先生だ」と思っていました。

ラルフ・タウンゼント[暗黒大陸 中国の真実](芙蓉書房 2007年)を読みました。

驚きましたが、「やっぱりそうなのか」という方が正しいかもしれません。近年TVで酷い中国人が映し出されますが、私は本当のところ無関心で、「どの国にも酷いやつはいるよ」程度に思っていました。しかしこの際、中国人観を考えなおす時だと思います。

原著は1933年の発行です。

「眠れる獅子」といわれた中国が、アヘン戦争(1840年)で英国に、日清戦争(1894年)では日本にあっけなく敗れたことで、西洋列強は我先に中国に狙いを定め、上海や香港やその他の土地に租借権を確保し、中国へ勢力拡大を計っています。

清王朝の力は弱くなり、辛亥革命(1911年)等の反乱が勃発、清は滅亡し(1912年)、南京に中華民国が樹立されましたが、いまだ確固たる統治機構が成立せず、様々な勢力が衝突を繰り返していた時代です。

中国というパイを、列強が分け合う相談をしています。
左から、英国、ドイツ、ロシア、フランス、日本(Wikipediaより)

タウンゼントはアメリカ人で大学卒業後、一時新聞記者になりますが、のち国務省に入り、1931年から上海と福建省で米国副領事を務め、1933年外交官を辞めて本書を書きます。

彼は中国に住んで、ほとほと中国人に手を焼いて、完全に切れています。彼は中国人が大嫌いです。

次のように書いています。

驚くべき感受性を持つと同時に本性むき出しで脅しつける人、完成された職人芸を持ちながら崩れ落ちぶれたあばら屋に住む人、仕事熱心でありながら共同では働けない人、事あるごとに諺を持ち出しながら全く信じていない人、外国人を怒らせながら持前の才でなだめ上手な人、いつも忙しくしていながら何もできない人。4億の人。雨に煙る緑の田んぼ、ジャンクや籐の帆掛け船が浮かぶ黄色い川。すべてに香辛料とじめじめしたカビのような匂いが漂う。これが中国であり、中国人である。

この記述はまだ控え目です。本の大半は、中国人がいかに酷い人種であるかを気分が悪くなるほどに書き綴ります。

彼によれば中国人は、調子はいいけど、金がなによりも大切で、約束は守らず、嘘をつくのはあたりまえ、自分が大事、家族が大事。国のために団結するなど考えられず、全く信用できない不正まみれのゴロツキの群れである。

 

アメリカやフランスの租界地にいる外国人は、しばしば略奪や虐殺にあっています。

そんな中1932年、上海事変が勃発し、日中が衝突、日本は上海を空爆します。現地の多くの西欧人からは「日本はよくやった」という声があがります。

ところが、中国で布教を続けるキリスト教の宣教師は、どこまでも中国の味方をし、新聞もまた碌に真実を調べもせず中国に同情的な記事を書きます。

ここで、アメリカにおける中国人観、日本人観を押さえておかなければなりません。アメリカには古くから中国人が移住していて、中国人は愛嬌がよくアメリカ人からすれば憎めない人種だったのですが、後に移住してきた日本人は社交的ではなく、アメリカ人からすれば得体の知れない人種だったし、日清・日露戦争で力を見せつけた日本は、白人帝国を脅かそうとする警戒すべき国・人種だったのです。

 

後半には視点を変えて、具体的な話が出てきます。一つは「日本と中国人」の章で、中国人との対比で日本人論を展開しています。日本人評は、ほぼ納得できるものです。

この中で日本と満州のかかわり、張作霖および張学良と日本の関係、その過程でのあるいはその結果に対する、欧米の日本への不当な干渉・論調を憤りをもって述べています。

南京虐殺の話が出てきます。私はてっきり日本によるとされる大虐殺のことかと思ったら、1926年、中国国民党による外国人虐殺の話でした。

北伐第一軍が南京に入城したとき、「略奪、外国人殺害許可証」をもっていたということで、
すなわち外国民間人の虐殺は、軍としての方針であったと主張しています。

 

この本を読んで思うのは、「これまで中国という国をどれほど好意的に理解していたか」。という感想です。

韓国は胡散臭いと感じていましたが、中国はいつも割り引いて考えていました。(酷いのは共産党で、人種としては日本人と変わりはないのだと。)

この本に書かれたことは混乱の中の中国の話ですから、そのまま現在に適用するのは適当ではありませんが、尖閣列島の中国の行動、反日の日系商店、企業の打ちこわし。高級官僚の汚職、国家予算のなん分の一かは、どこに消えたか分からないという政治体制。

本質的な部分は当時と今とでは変わっていないと思います。

 

それと、ここでも思い知らされたのは、「日本は国際世論に鈍感ではいけない」ということです。これはなかなか難しいことですが、すくなくとも、いつも「正しいことは正しい」とはっきりと主張しなければいけません。問題を先送りにして、何を考えているのか分からない人種・国ではいけません。

日本はいつも自分の考えを主張する国としてその存在感を示さなければいけません。それは安全保障の原則だと思います。

ただし、威勢のいいことをいって、外国から噛みつかれると、すぐに放り出して自分で最後まで責任をもって対処しなかったり、すぐに「ごめんなさい」といって逃げ出す政治家は、逆に日本を不利な立場していくことを認識しているのでしょうか。

そもそも国政をになう政治家が国益にからむ問題をどれほど真剣に勉強しているのでしょうか。また政治家の発言の重みをどれだけ明確に認識しているのでしょうか。

ウィリアムズ「中国の戦争宣伝の内幕」

気になる隣国・韓国については一通りの勉強をし、自分なりの考えを持ちました。

気になるのはもう一つの隣国・中国ですが、中国の勉強を始めると深みにはまると思い、着手するのに躊躇していました。

ただ、いずれ読もうと何冊かの中国本は買っていました。フレデリック・ウィリアムズの[中国の戦争宣伝の内幕](2009年、芙蓉書房)を手に取ると、とても興味をそそられて一気に読みました。

ウィリアムズは1890年生まれのアメリカ人で、若い頃は世界中を今でいうヒッピーのように旅したようです。その後サンフランシスコに拠点を置き、新聞記者として活躍します。

当時日本は中国に満州事変(1931年)をしかけ、満州の経営権を握り、さらに清朝末期、混乱の中国への侵攻の機をうかがっていました。

当時中国に群がったハイエナは日本だけではありません。イギリス、フランス、アメリカ、ドイツ、オーストリア、ベルギー、ロシアも多かれ少なかれ中国を狙っていたのです。

ウィリアムズは支那事変勃発(1937年)の前、そして始まってからの中国や満州、日本を取材し、体験し、見聞きしたことをまとめて発表したのが本書です。原著は1938年の出版です。

日本に対する彼の視点は、第一章の最初の文章ですべて言い尽くされています。

20世紀の今日から80年以上前に、アメリカを含む西洋列強は日本のドアを叩いた。農業国としての閉ざされた中世風の生活を止め、外国に向けて港を開き、世界貿易競争のエキサイティングな儲け話に加わるように誘ったのだ。しぶしぶと、いくぶんおずおずとした調子で日本は同意した。しかしそうなったからには、日本は中途半端ではいなかった。
(中略)
やがて日本は西洋列強が新しく見出した保護すべき友人という立場から、対等のライバルとみなす程度まで競争力を貯め、成長してきた。

彼らの態度は変わった。日本の背中を優しく叩いて、「お前はいい子だ」とはもう言わなくなった。彼らは態度を変え、団結して対抗するようになった。
(中略)
ゆっくりとそして段々と日本の工業生産物を世界の市場から、締め出し始めたのだった。

私の勝手な想像ですが、ウィリアムズは日本(人)と波長が合い、日本(人)が好きだったのだと思います。そして彼なりの義侠心から、日本を擁護し、西欧とりわけ自国アメリカの政治および言論を批判します。

 

話は蒋介石の動静を中心に展開します。

蒋介石はドイツ人軍事顧問の意見を入れ、日本を挑発し、アメリカを引き入れようとします。

蒋介石は支那事変を仕掛け、その責任と残虐な行為はすべて日本にあるとするプロパガンダを展開します。キリスト教会を通じ、あるいはアメリカの中国人堂(トン、秘密結社)を通じて、日本のあることないことの残酷行為や失態を世界に発信します。

日本の台頭を嫌った西欧は、そのプロパガンダにのり、本当はもっとも警戒すべきロシア、中国の共産主義に加担する形で、日本に圧力を掛け続けます。

ウィリアムズは、
「日本は満州でよくやっているではないか」
「残酷な行為は中国側ではないか」
「どうして正しく事態を判断しないのだ」
と叫び続けます。

とりわけ、米国からすれば貿易総額3位の日本、アメリカに好感を持ち仲良くしようとしている日本に、酷い仕打ち(中国への武器輸出、日本製品の不買)は間違っていると叫びます。

蒋介石が世界に発信する、
「日本は酷い国」だというプロパガンダは巧妙であり、
「かわいそうな中国、不当で残酷な日本」
という国際世論が形成され、
日本は世界の中で孤立無援になります。

ウィリアムズは「日本は宣伝の下手な国」だと嘆きます。

そして、情勢はウィリアムズが危惧した方向に向かい、この本が出版されてから3年後に日米は開戦します。

 

内容は過去の話とはとても思えません。いまオバマ・アメリカは中国にすり寄り、韓国は米議会に「日本の戦争責任が不十分だ」と、ロビー活動をします。(そしてマスコミは、「日本はのけものにされる」と大騒ぎします)

「嘘も100回言えば本当になる」とはよくいうことです。

「戦争を放棄し、誠実に世界に貢献していけば世界は日本を尊敬するようになる」との主張は白々しく思えます。

個人の小さい付き合いの中でなら、それも一理あります。しかし、私たちと全く異なる価値観の人たちに対して、誠実にふるまうことですべてがうまくいくとは考えられません。あまりにもお人よしです。ましてや国際政治での性善説ほど危険なものはありません。

不当なプロパガンダにははっきりと反論しなければいけません。

 

私は、この数ヶ月明治以降の日本の対外的歴史を少し勉強しました。そして、「日本が進んできた道はやむを得なかったのではないか」と思います。

例えは悪いかも知れませんが、突然野盗の群れに取り囲まれたとき、まず自分が生き残ることを考えます。懸命に努力し野盗が手出しできない力をもったとき今度は、その力を弱めようと周りからよってたかって攻撃を受けることになった。

日本のかじ取りにミスもあったかもしれないが、それならどうすればよかったのか。

野盗の群れの中で、自己主張する過程で日本は近隣国に加害したことは事実でしょう。

しかし、日本の戦いは白人帝国主義に対する有色人種の戦いでもあった。結果日本は酷い目にあったけれど、そしてそれは一面では身から出た錆だったけど、日本の戦いをきっかけとして、あらゆる人種は「対等である」と主張し、認めさせることになったのもまた真実であったと考えます。

私が強く思うのは、日本は日本人は常に自分の立場をはっきりと主張し、議論し、そのような議論の中から同調者を確認し、世界の中で、日本の地歩を確立しなければいけません。

波風が立たないように議論を回避し、問題を先送りにしてはいけません。これはプロパガンダとは違います。嘘を本当ということはできませんが、正しいことをあるいは正しいと思うことを、はっきりと主張することは、絶対にやらなければいけない作業です。「ことを荒立てない」を最善とすることこそやめなければいけません。知性と理性と論理を武器に主張しなければいけません。

個人レベルでもましてや国家のレベルでも。

決して「苦手」では済まされません。

黄文雄「中国・韓国が死んでも教えない近現代史」

台湾人黄文雄著「中国・韓国が死んでも教えない近現代史」の解題です。

恐らく私自身のフィルターがかかっていると思いますので、
興味ある方はご自身で読まれることをお勧めします。

まず一言でいえば、著者は中国と韓国が大嫌い、日本が大好きという好みの問題があります。
しかし、それにはそれ相応の理由があると思います。

「中国・韓国が嫌い」については次回語るとして、なぜ日本が好きか。

 

大航海時代後の帝国主義・西欧列強は、われ先にアフリカ・アジアを分割・植民地化し、東アジアへも食指を伸ばしていた。

19世紀、中国清王朝は、「われこそが世界中で一番偉大だ」との中華思想を堅持し、李朝・朝鮮もまた、数百年にわたって中国の属国に甘んじていながら、「朝鮮は中国の次に偉大だ」と信じていた。

英国は中国の弱体化に付け込んで、アヘン戦争(1840年)を仕掛け勝利する。
戦争に負けた中国は、多額の賠償金の支払に外国からの借り入れが必要なほどに窮乏する。

アメリカやフランスも中国の弱みに付け入り、中国各地に疎開地を強要、虎視眈眈と中国への侵攻を狙っていた。

ロシアもまた、長年の野望・満州からの南化を着々と進めていた。

日本は迫りくる帝国主義に危機感を持ち、明治維新を断行、政治構造を根本から変革し、懸命に近代化を進める。

弱体朝鮮半島は、西欧列強の餌食になり、その結果、日本にも危険がおよぶと考えた日本にとって、朝鮮の近代化はどうしても必要であった。

日本は鎖国政策をとっていた朝鮮に、開国と政治改革を求めたが成功しなかった。

ときあたかも、朝鮮に内乱が起こり、その平定を口実に日本および中国は朝鮮に出兵。
それを期に日清戦争(1894年)が勃発する。
日本にとっては幸いにも、この戦争に勝利し、清から勝ち取った賠償金をもとに、さらなる富国強兵に力を入れていく。

日清戦争の終結により朝鮮は中国から独立するが、依然として改革は進まず、遂に、日本は南下を強めるロシアとの全面戦争(1904年)に到る。

周知のとおり日本はロシアに勝利するが、日露戦争の勝利は、単に日本がロシアに勝利したというに止まらず、大航海後の世界史で類のない大きな意味を持っていた。
すなわち、これは白人に対する黄色人種の初めての反撃であり、一直線で進んでいた西欧列強による世界分割の変更であった。

黄色人種の勝利によって、アジアの国々は勇気づけられ、すくなくとも精神的には西欧の呪縛からの解放を確信した。
実際、大東亜戦争後にアジア諸国は次々に独立することになった。

日清戦争で中国から日本に割譲された台湾は、毒蛇と疫病にかこまれた未開の地であったが、日本は植民地としてではなく、日本の一部として、鉄道や道路等のインフラを整備し、法を整備し、教育に力をいれた。
まさに法治国家としての出発点を作った。

このとき尖閣列島も日本が中国から奪ったというのが中国の言い分だし、
尖閣列島を日本領にしたのは、台湾分譲とは関係ないというのが、日本の言い分です。

台湾人から見る日本人は、清潔さ、公正さ、勤勉さ、責任感、規律遵守、信頼、滅私奉公、の精神をもって台湾の近代化の礎を築いてくれた。

沢山の(特に戦前に育った)台湾人は、日本を恨むどころか、感謝している。

というのが著者の(私が整理した)日本論である。
主旨は外していないと思います。

中国・韓国

今年は中国および韓国との間で領土問題が深刻な事態になっています。

日本・中国・韓国の言い分でどちらが正しいのか少し勉強しましたが、
勉強不足でいまだよくわかりません。

一つ不思議に思うのは、
どちらの言い分にも一理あるとして、
尖閣列島は日本が実効支配していますので、
中国が本当にここが自分たちの領土だと思っているのなら、
尖閣の周りに船を出して日本をけん制するのは分からぬではありません。

一方竹島は実効支配しているのは韓国なのに、
ギャーギャー言っているのは日本ではなくて韓国だというのは、
いったいどうなっているのでしょうか。

日本人は遠慮深いあるいは自虐的な民族ですので、
明治以降の歴史の中で日本が近隣に大変な損害を与えたと、
反省し謝罪してきましたが、
中国・韓国は「まだ、反省がたりない」と事あるごとに謝罪や賠償を要求します。

東南アジアの国々は日本に対して悪い感情を持っていないのに、
なぜこの両国はいつまでも日本を目の敵にするのか。
さらに言えば、それなのになぜ日本はこれらの国々に尻尾をふるのか。
とても不思議な気持ちです。

 

真実はどこにあるのか。
[中国・韓国が死んでも教えない近現代史]という本を読んでみました。
(タイトルは最悪です)

著者は台湾人の黄文雄という人です。

日本人とは異なる(私にとっては新鮮な)視点からの、
日本との関係における中国および韓国の近現代の本質を論じています。

著者は訳もなく自説を声高に叫んでいるのではなく、
根拠を上げて主張していて、納得いく内容です。

同じことを日本人が書けば、
間違いなく「ごく一部の極右の言い分だ」といわれると思います。

まず彼が説くのは、
基本的に中国や韓国は、
自分の家来=日本に侵攻されたという、
プライドにかかわる社会心理が、
事実を直視しないばかりか、歴史まで歪曲しているということです。

実際には、日本が中国・韓国に侵攻したとき、
清朝中国は混乱状態で西欧列強の餌食になろうとしていたし、
李朝朝鮮は中国の属国で、平民は極度に疲弊していた。
日本の侵攻を歓迎した人が沢山いたのだといいます。
(本書については、次回解題したいと思います)

私は著者のいうことは正しいのだと思います。
しかしそれでも、
「もっと裏付けの勉強をしないかぎり、鵜呑みにしてはいけない」
と思っています。

この際中国・韓国の近現代史を勉強したいと思います。