年別アーカイブ: 2014年

28件の投稿

会田雄次「アーロン収容所」

会田雄次さんは、私が若いころ今でいうコメンテーターとしてチョクチョクテレビに出てきて、
どんなことを言っていたのか覚えていませんが、コメントの後、シャクレタ顎で必ずニヤットするのを覚えています。

その後、あまりお見かけしませんでしたが、およそ15年前(1997年)にお亡くなりになっています。時の移り変わりを改めて気付かされます。

当時京大の教授で、
「アーロン収容所」(初版1962年、中公文庫版 1973年)の著者だということは知っていましたが、これまで読む機会がなくて今回初めて読んでみました。この本は教授が収容所で捕虜生活を送った日々を書いたものです。

著者は敗色濃厚だった昭和18年冬、初年兵としてビルマ戦線に送られ英軍に対峙しますが、戦力不足によりビルマ(現ミャンマー)東南に追い詰められ全滅を覚悟したとき終戦を迎えます。
英軍に武装解除され、その後約2年間ラングーンのアーロン収容所で重労働を強いられます。

この経験で著者は、
「英軍さらには英国というものに対する燃えるような激しい反感と憎悪を抱いて帰った来た」
といっていますが、この本では具体的な反感を持つに至った事件について、赤裸々な書き方をしていません。

収容所が楽しい筈はありませんが、面白そうな話を色々書いています。
著者は、辛いことがなかったのではないが、悲惨そうに書くのは「照れた」といっています。
分かる気がします。

一つ注意すべきは、彼らはいわゆる捕虜ではなく「被武装解除軍人」だったことで、戦時中に捕虜になった人たちは、更に悲惨だったろうといっています。

時々、垣間見る日本人捕虜はまったく別集団のように見えたといっています。

 

著者らは一か所に集められ、自由に外出することは禁じられます。基本、収容所では英軍の雑用や町の汚物掃除や港の荷役作業等をしたそうです。

その一方、衣服はもちろん、生きていくだけの食糧も与えられなかったので、英軍倉庫から盗んだり、様々なものを作ってビルマ人に売ったりして生き延びています。

何もない中で演劇をやったり、楽器を作ったり、本を書いて回覧したりそれなりの気分転換をしていたそうです。

この本で私が関心を持ったのは2点、日本軍・英軍の残虐行為がどうだったのかと、ビルマやインド人等の東南アジアの人達が日本人をどのように思っていたのかということです。

著者自身は英軍から肉体的な残虐は受けなかったそうですが、だからといって優しかったということではなく、精神的な残虐を受けたといっています。

要するに日本人を人間とみないで、まるで動物のように見ていたということです。これは前回ご紹介した[容赦なき戦争]の中でダウのが言っていたことを裏付けています。

彼らは、英人の女兵士の世話を当番でしますが、彼らに汚れたパンツの洗濯をさせたりしたということです。

また著者が、ある日女兵士の部屋に入ると一人の女が全裸で鏡の前で髪をすいていたが、女は何の恥じらいもなく、彼を完全に無視したし、同僚の女兵士も全く知らんぷりだったということです。

また、「禿鷹」とあだ名されたイギリス人収容所長は、夜の護衛役として日本人を使ったのだが、夜な夜な、ビルマの売春婦を連れ込み、日本人を無視して乱行に耽ったということです。最初のうちは日本人も面白がったが、やがて自尊心を酷く汚され落ち込んだといっています。

日本人捕虜と話す機会はほとんどなかったそうですが、ある時一人の捕虜と話す機会がありました。日本人捕虜から次のような話を聞いたといっています。

泰緬鉄道(映画[戦場に架ける橋]の舞台)の建設を指揮した日本軍100数十名が捕虜になっていて、彼らは戦犯部隊として川の中州に集められていました。その中州は潮が満ちれば水をかぶるので、兵士たちは一日数時間水につかっていなければなりませんし、もちろん草木も生えていません。

彼らは食糧は与えられず飢えに苦しんでいました。

そこには”毛ガニ”がたくさんいましたが、英軍はカニには病原菌がいるので、食べてはいけないといっていたそうです。

日本兵は飢えに耐えられず、火を入れる手段もないので、結局みんな生で食べたということです。

当然の結果、日本兵は赤痢にやられ、血へどをはいて死んでいきました。

英兵は対岸から双眼鏡で毎日観察して、全員死亡したのをみて、「日本兵は衛生観念不足で、自制心も乏しく (中略) 全滅した」といったそうです。

 

ビルマ人の残虐行為について、著者の体験を一つ書いています。

上官と二人で本隊に追いつこうと死線をさまよっていたとき、累々とする日本兵の死体の中で一夜を過ごすことになりました。

温厚なビルマ人が日本人の金歯をとる現場に遭遇したのです。暗闇に中で、日本人の断末魔の叫びを聞きます。女子供を連れたビルマ人の集団がまだ息のある日本人の頭を砕いて、金歯を取り出したということです。

 

残忍性については、文化によって生命を絶つ方法は異なるので、どの方法がより残忍だとはいえないと筆者は言っています。

なお、日本軍の残虐行為については、具体的に書いていません。

 

私は関心があったもう一つのこと。
東南アジアの人々は日本人をどう見ていたのかといことです。

著者が接したのは、ビルマ人、インド人、ネパール人(グルカ兵)です。インド人とグルカ兵はイギリス軍の一部ですし、ビルマ人は民衆です。

グルカ兵は一徹で、日本人にはとても厳しかったそうです。

しかし、インド兵とビルマ人は日本人に好意的だったようで、インド兵はイギリス軍の一員だったので、それなりに厳しい態度も見せましたが、酷く日本人に敵対することはなかったようです。

現地のビルマ人と接することは禁じられていましたが、イギリス兵の目を盗んで、ビルマ人と接触したし、時にはご馳走してくれたりしています。

 

私は幼いとき、終戦で韓国ソールから引き揚げましたが、ソールからの引き上げではそのようなことはありませんでしたが、満州や朝鮮の奥地からの引き上げは大変悲惨だったようです。

こうしてみると、今の韓国や東南アジアの対日関係は、そもそも戦争中あるいは終戦直後からの根の深いものだと推測します。

ジョン・ダワー「容赦なき戦争」 3

この本の残りの部分は第三部・日本人からみた戦争第四部・エピローグです。

第三部・日本人からみた戦争では、予想通り、日本が独りよがりに自分を美化することばかり熱中していたと、色々な資料を基に日本および日本人を分析します。

原著では、詳細な参照文献が明示されているようですが、大変残念なことに、この翻訳本ではそれらが一切省かれています。そのため読んでいて今一つ真実味が薄れます。

まず、日本人の個人的行動規範は「其の所」を重要視するといいます。「其の所」はルース・ベネディクトが「菊と刀」で指摘した概念で、日本人は階層制度を信奉し、階層そのものを否定することなく、与えられたそれぞれの「其の所」に満足し、「其の所」で本分をはたそうとするといいます。

実は私は「菊を刀」を読んでいませんし、かつて「其の所」という言葉もその意義も考えたこともありませんでしたが、当時日本に階層制度があったかどうかは別にして、「身の程に生きる」という考えは特に戦前にはあったのだろうなと思います。

日本人の自己中心的・内省的思考法は何処からきたのでしょうか。

もちろん、島国という地理的条件が一番大きいのでしょうが、儒教や仏教の影響もまた大きいと推測します。儒教や仏教には自分を見つめ戒める教えが多いのではないでしょうか。

内省的思考では、仲間と仲良く力を合わせていくには都合がいいし、争いがあっても仲間内のそれである間は、結局日本人の行動規範のうちに収まってきたと思います。

しかし、自己内省的で周辺への同程度の考察がなければ、自己満足というものです。言い換えれば井の中の蛙で、日本民族だけでの付き合いでは、結構都合よかったと思いますが、第二次世界大戦という、まったく異なる価値観と全面衝突したとき、その脆弱性を露呈したと思います。

日本人は自国を美化することに勢力を尽くします。日本の歴史は2600年続く神の国であり、天皇をいただく世界に類のないすぐれた民族だと断定します(現在の、南北朝鮮の主張を連想します)。

昔話「桃太郎」を自分=日本人に重ね、漫画や映画を作って陶酔します。清廉・潔癖な桃太郎は犬や猿を家来にして鬼退治します。桃太郎とは日本人であり、犬や猿は韓国・台湾であり、鬼は西欧です。

やがて、大東亜共栄圏なる世界ビジョンを打ち上げ、世界の中で最も優れた日本民族がその中心に座り、東南アジアの国々を従えて、西欧帝国主義に対峙するのです。

東南アジアへの進出は、旧来の植民地支配とは異なるもので、日本民族が中心になったアジアの解放と繁栄を目指すものだといいます。(しかし、日本がどのように言おうが、結局のところそれは新たな植民地支配に過ぎないと著者はいいます。)

日本はその実現のためには人口を増やし、統治者として外地に移住しなければいけません。当時7000万人であった日本人の人口を1億人にする目標をたて、「産めよ増やせよ」の政策をとりります。

大東亜共栄圏なるものに対して、東南アジアの人々は強く反発したと著者は述べています(私は大東亜共栄圏の実態をまだ勉強していませんので、この問題についての私見は保留します)。

 

第四部・エピローブ

結局のところ、日本人のこの夢物語は、東南アジアを巻き込んだ大きな被害とともに、1945年8月終焉したのですが、最後の1年間の死者は、それ以前の死傷者数を超えていました。

第二次世界大戦での死者数は5,500万人にのぼるということです。

このうち日本人の軍民の死者数は210万人(一説のは250万人以上)、終戦の年のアメリカの空爆による民間人の死者40万人にのぼります。

東南アジアの国々でもたくさんの死傷者を出しています。

 

ところが、終戦と同時に、あれほど憎しみあった日米の敵同士は、あっけなく友好的関係になります。

どうしてなのか。

それは「それぞれの相手に対するステレオタイプを都合よく入れ替えたからだ」といいます。

日本からすれば「アメリカはそれほど悪者ではなかった」と考え、一方のアメリカは戦時はあれはど日本人を軽蔑し「黄色い猿」といって罵ったのに態度を変え、「日本人は大人になりきれない子供なのだ」、
「欧米が45歳とすれば日本は12歳の子供であり、大人は子供を矯正しなければいけない」と考えました。

そして日本人はここでも「其の所」の精神を顕在化し、時の首相鈴木貫太郎は「『よき敗者』にならなければいけない」といって憚らなかったと著者はいいます。

こうみてくると、結局のところ日本人は戦争中・戦後そして今日に至るまで、幼児性を卒業できないままでいるように思います。

 

この本は1987年に、英語版と日本語版が同時に出版されました。その時期は、日米の経済戦争が激しくなってきた時期で、欧米は日本を「エコノミックアニマル」といって、「ジャパンバッシング」が激しくなった時期です。

このような状態の中で、著者はこの本を世に問うことで、愚かな人種戦争への警鐘としたかったと思われます。

著者ジョン・W・ダワー(現MIT教授)は一時期日本に住み、夫人は日本人だそうです。日本には一角のシンパシーをもっていると思われます。

先にも書きましたが、この本に参照文献の明示がないのが大変残念ですが、総じて著者の主張は正しいように思います(戦場の実態の記述は判断保留です)。

私は先の大戦でいえば、「日本が悪かった」とか「アメリカが悪かった」とか、悪者探しするよりも、事実がどうであったかを明確に知ることが重要だと思います。

そしてそれぞれの立場、弱点を考慮したうえで、どのように付き合っていくかが重要です。

個人の世界で考えたとき、友人関係で真の友人であれば時に耳の痛いことをいうことは当然あるし、逆に言われた方もまた、いうことがあれば冷静に反応するのも当然です。

国際関係でも同じで、国同士は時に利害が反することは当然あることです。そのときお互いを十分理解したうえで、「あなたと立場が違う」とはっきり言わなければいけません。

アメリカが「失望した」といえば、「一大事」とばかりビビりまくる日本の知識人・マスコミの芯のなさには、失望を通り越して怒りを覚えます。

ジョン・ダワー「容赦なき戦争」2

タイトルの「容赦なき戦争」とは、先の太平洋戦争が、「文字通り日米が敵を情け容赦なく殺戮した戦争だった」といっているのです。
「なぜそうなったのか」。
その戦争が人種差別を根底にしたからだといいます。

ところで、「日本軍は残虐だった」とよく言われるし、私自身何の検証もなくそう思っていましたが、最近は「本当にそうだったのだろうか」と疑っています。

イザベラ・バードの「朝鮮紀行」に朝鮮の刑罰の話が出できます。

李氏朝鮮は法治国家ではなく、貴族は奴隷をどのように扱っても構わなかったそうですが、ある時奴隷階級の男が公衆の面前で罰せられます。刑は棒打ちです。こん棒で臀部を死ぬまで殴るのです。肉は飛び散り、骨は砕けます。股の間に棒を突っ込み足の骨を折り、殴り続けます。男は苦痛の中で絶命します。
(実は細かいことはよく覚えていません。「酷いことをするのだな」とまともに字面を追うことができません。)

昔の韓国や中国の刑罰は、「見せしめ」の意味が強くてとても残酷です。

インターネットで調べてみると、江戸時代の刑罰は、江戸中期以降は基本的に法に基づいていたし、朝鮮や中国ほど身体的に残酷ではなかったように思います。死罪の場合、どちらかといえば苦しまないようにという配慮があったのではないでしょうか。武士の切腹での斬首は、無用な苦しみを与えないようにするためと言われています。

太平洋戦争でのアメリカもまた残忍だったのです。

米兵は日本兵の耳をそぎ落とし、西欧人としては珍しい金歯を、ときにはまだ生きている負傷兵の口を割いて取り出し、戦利品として持ち帰ったり、頭蓋骨を恋人へのお土産として送ったということです。
これはたまたま数件あったというのではなく、相当数の事例がありました。
Wikipedia 「米軍兵による日本軍戦死者の遺体の切断」  クリックしてください。
「連合軍による戦争犯罪 (第二次世界大戦)」 クリックしてください

また、日本人捕虜を一人逃がして、崖を上って必死に逃げようとする日本兵を、遠くから銃撃して、命中すると大はしゃぎして喜んだと同書に書いています。

彼らは常々日本人を人間とみないで、蟻とかゴキブリとか猿とか言って罵っていましたので、「人間を殺ろすのは躊躇するが、ゴキブリや猿なら構うことはない」というわけです。

西欧が日本人の捕鯨は人道的に残虐だといいつつ、牛や豚を殺すことを何とも思わない、主張に通じます。

Webには大戦での日本兵の残虐行為がたくさんでてきます。私は日本人は基本的には残酷を好まない民族だと思いますが、極限の中で狂気はどのような人間にも顕在化する可能性があると思います。

一つ言いたいことは、日本人「だけ」が、あるいは日本人が「特に」残虐だったという主張は、承服できません。

いま「どちらがより残虐だったか」とか「どちらが先に残虐行為をしたか」とかは重要ではありません。どちらも、あるいはどの戦争も残虐だったのです。ただし、ダワーによれば、太平洋戦争の残虐さは類をみないということです。

著者は、欧米陣営からの戦争の動きを記述しています。

日本が真珠湾を奇襲するまでのアメリカは日本を舐めていました。

開戦するとアメリカは日本人を分析します。当時もてはやされた精神分析学をもとに、日本人の異常性は幼児期の扱いにあるとまことしやかに語られました。「日本人は幼児のお尻が汚れることを極度に嫌い、それが異常な日本人の潔癖症を作り出している。さらに次の子供が生まれると、あれほど可愛がられた子供は今度は邪険に扱われるので、精神に異常をきたし、幼児性を脱することのできない。白人の尺度で測ることができない世界でも異常な人種である」というものです。

このような分析とは異なる次元では、日本人を昆虫や動物、「黄色い猿」と決めつけ、結果「猿を殺すのはどうってことはない」という深層心理を正当化します。

本書によれば日本軍の残虐の報復として、アメリカも残虐な絶滅戦をします。

1941年東条英機陸相は「戦陣訓」を配布。この中に有名な「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」という文言があり、これが原因で、日本兵が死にもの狂いで戦ったという説があります。(これが配布された理由、またそれを日本兵がどれだけ尊重したのかについては、議論があるいようです。)

沖縄の平民も降伏しなかったのは、日本軍の指示によるという説と、降伏した日本人を米軍が射殺したからだという説もあります。

いずれも一理あると思われます。

いずれにしても、小さな「黄色い猿」が死を恐れず、凶暴な姿で応戦してくる。一種恐怖心から、逆に欧米人も狂気、凶暴を極めたのでしょう。

アメリカには鉄道施設の労働者として、古くから中国人が働いていましたが、彼らに対する人種差別も激しいものがあり、やがて中国からの移民を禁止します。

その後移住した日本人にも人種差別をし、開戦後はドイツやイタリヤからの移民を特別差別しなかったのに、日本人に対しては強制的に隔離収容します。

一方、日本はドイツとの軍事同盟のために人種戦を標榜しにくい状況でしたが、それでも徐々に、これは有色人種の独立戦だとする日本のプロパガンダが東南アジアの人たちに浸透し、アジア諸国は独立の気運が芽生えてきます。

アメリカ側の戦いは基本的には人種戦でしたが、人種戦を前面に出すことに慎重になります。

日本を背後から攻撃するためには、中国と組む必要がありましたが、軽蔑した中国人と組むことに抵抗がありました。幸い中国にはキリスト教が浸透していて、中国人というよりキリスト教徒と組むという理屈で、蒋介石を支援します。
(2013/7/11 当ブログで紹介した「ウイリアムズ「中国の戦争宣伝の内幕」」でも同様の指摘がされています。)

ジョン・ダワー「容赦なき戦争」

私は常々「国家心理学」という研究があればいいと思っています。

国の重大な行動(たとえば開戦)はどのように決まっていくのだろうという問題です。国を動かす心理はどのように醸成されていくのか、非常に興味があります。

ヒトラーのように強力なリーダーが国を動かすこともあるでしょうし、特定の個人でなくムード的に集団心理が一方に集中し、その結果そのように行動に移っていくというケースもあるでしょう。どちらにしても、結局国はある方向に動いていきます。

関連ある学問は社会学とか社会心理学だと思いますが、これらは国レベルではなく小さな社会についての研究だと思います。

文化人類学もこれに近い研究だと思いますが、これも私が知る限り原始社会についての考察に終わっていると思います。

アメリカの歴史学者ジョン・ダワーの「容赦なき戦争」(原著 1986年、平凡社 2001年)を読んでいます。全約500ページ程度で今半分くらいを読んだところです。

第二次世界大戦当時、日米双方の人種的偏見に基づく狂気について、当時巷に氾濫した情報に基づいて太平洋戦争を考察しています。下は本書の序文の一部です。

政策立案と戦闘状況の記述に焦点を合わせる代りに私は、敵と味方の両陣営に殺戮を心理的に容易にした、むき出しの感情と紋切り型の言葉とイメージを探求することを選んだ。

このことは学者たちが一般に頼りとする公式文書とはまったく違う「テキスト」、たとえばスローガン、歌、映画、漫画、それにありふれた慣用語句とキャッチフレーズを、私に吟味させることになった。

著者の意図するところは、明確に読み取れます。公式文書の解説とは異なり、生々しい敵味方の感情・心理が手に取るように見えてきます。これまで読んだところは、欧米特にアメリカにおける人々のものの考えかた、日本に対するイメージや言動が、どのように出現し、どのように浸透・拡散していったか書かれています。

第三部「日本人からみた戦争」はまだ読んでいませんが、そこに書かれているだろうことを予想して、次のように集約できると思います。

すなわち、ジンギスカンやオスマントルコ隆盛時代ならいざ知らず、大航海時代以降の白人は、白人こそが人間であり、他の有色人種は動物にも等しいと何の疑いもなく考えていた。

その考えの下では、アフリカ人を奴隷にすることも、アジアや全世界の国々をほしいままに植民地にしていくことも、白人=人間としては当然の行動であった。

その脈絡のなかで、日本と米国が険悪な状態になったとき、日本とアメリカのとった敵に対する態度は決定的に異なるものでした。

アメリカは、日本人を考えられる限り下等で下劣な動物に仕上げ、あらん限りの罵声を浴びせるのに対して、日本は、自分たち日本民族がいかに優秀であるかを考え出して自己陶酔しています。アメリカを悪くいうのはせいぜい「鬼畜米英」というくらいです。

すなわち、アメリカ人は攻撃的であり、日本人は自己防衛的自己満足的なのです。

アメリカは、日本人をゴキブリ、アリ、サルと考えられる限りの悪いイメージを作っていき、その嫌悪感を「そうだそうだ」と白人全員で共有していきます。

日本は天皇をいただく皇国と自国を美化し、あくまでも自己中心的です。

「劣等なサルをやっつけよう」と仲間を増やしていくアメリカと、あくまでも自己求心的な日本とでは、少なくとも前哨戦=プロパガンダ戦では勝負ありです。

歴史から学ぶこと 2

先月[歴史から学ぶこと]と題するブログで、
日本の現代史を、世界全体を俯瞰して考察しなければいけないと書きました。

ところでもう一つの問題。
日本が他国との関係で国際的に問題になったとき、
日本はどのような態度をとるべきかという点です。

最悪なのは、「誰々がこういっている」といういい方です。
TVのコメンテータが「アメリカは日本に『失望している』といっている」とか、
フランスがどうのとか中国がどうのとか韓国どうのとかいういい方は最悪です。
「お前さんの考えはどうなんだよ」。
「それでコメンテーターなのかよ」と言いたくなります。

田嶋とかいう馬鹿女に至っては「ヨーロッパはみんな日本のことを笑っていますよ」、
とかいうと怒りがこみ上げてきて、「テレビにでてくるな」と心の中で叫びます。

例えば、先の戦争で日本軍は残忍だったと広く言われていますが、
そもそも戦争は常に残忍だし、日本が特に残忍だったのではありません。
西欧の日本に対する人種的偏見は強烈だったし、
先の戦争では、アメリカは日本人捕虜をとらないことが一般だったのです。
すなわち日本人を捕虜にしないで、殺すという方針をとっていたと、
リンドバーグは日記の中で書いていますし、
戦争末期には、多くの西欧人は本気で日本人を絶滅すべきと論じたのです。

戦争ですから、西欧だけが非道かったのではなく日本も非道かったのでしょうが、
戦後になっても、日本人=残虐という構図は戦勝国が都合よく作り上げたステレオタイプです。

これにのっかり、いまでも韓国や中国、時には西欧の世論は日本は残酷な国だと決めつけ、
その脈絡の中で慰安婦問題や南京虐殺問題の主張を正当化します。
国際的にしみついた日本人に対するイメージを私たちは再検証しなければいけません。
我々自身で日本と日本人について、公平に学び直さなければいけません。

こういう状態の中で、「アメリカが…」とか「EUが…」とか「中国が…」とか、
他国の主張を丸呑みするコメンテーターは思考停止した売国奴です。

もう一つ、外国のいうことは「放っておけばいいよ」というのがあります。

韓国の朴大統領か世界中て機会あるごとに日本を非難して歩きます。
日本では「告げ口外交」と揶揄していますが、これを放っておくのはいけません。
黙っていることは、それを認めたことになり、
現にネットをみていると「韓国のいうことはもっともだ」という西洋人もいます。
はっきりと反論しなければいけません。
黙っているのは絶対にいけません。

 

首相が靖国神社に参拝すると、韓国、中国は反発します。
政治家が微妙な問題にうかつに発言するのは禁物です。
政治家の行動、特に首相の行動は監視されていますので、
揚げ足を取られないように、最大の注意を払いできる限り当たり障りのないようにしなければいけません。

その代りに、国民はもっと国際政治に関心をもって、
自分の考えたことを発信しなければいけません。
国民の声に押されてやむを得ず、政治家が発言し行動するという形が望ましいのです。

ヘイト・スピーチが時々マスコミに取り上げられます。

私は実際にヘイト・スピーチに遭遇したことはありませんが、
人種差別のような下品な発言はいけません。

いうべきことを論理的に冷静に、国際社会に発信することが重要だと思います。