日別アーカイブ: 2012年3月20日

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経済

私は経済にはまったく暗い人間です。

しかし素人なりに、「今の経済の仕組みはおかしくないか」と考えます。

多くの若者は正規の社員になれず(若者だけではないが)、
駅前の商店街はどこもシャッター通りになっています。
日本はとても疲弊しています。

政治家はそのような庶民の窮乏をよそに、
くだらない議論、いや議論ともいいたくない。
「ふざけあい」に終始している。

彼らは毎年一人当たり1億円近くの金を使っているのだ。
雁首ならべて張り倒したいくらいだ。

評論家は「グローバルでなきゃ日本は世界に後れをとります」といいます。
そして「安いことはいいことだ」
「非効率は淘汰されるべきだ」
とマスコミは大合唱しています。

その結果が惨憺たる現状ではないのか。

彼らは言います。

「規制を徹底的に撤廃しないからだ」と。

日本中どこにいっても、郊外には大型店が並び、
昔家の近くにあった八百屋や魚屋や雑貨店はなくなり、
商店街もなくなったのです。

そして職を失った人たちは、若者も働き盛りの中年男性も、
やっとアルバイトにありつき、
なんとかその日暮らしを続けています。

間違っていないか。

グローバリストはいいます。
「努力に見合ったゲインがなければ誰も努力しない」
「何もしない人間に同情する必要はない」
「生存権に抵触する部分にはセイフティネットを設ければいいのだ」と。

共産主義は人のあり方を認識していないところに、
落とし穴があったと思います。
「みんなが稼いでみんなが消費する」はもっともな主張だが、
結果は「みんなが怠けてみんなが消費する」になった。

今禿鷹グローバリズムは、「努力するものが稼ぎ、余裕のあるものは弱者に手を差し伸べる」ではなく、
「稼げるものは稼ぎ、ますます貪欲に稼ぐ。弱いものからも当然に」
これもまた人間の心理なのあり、
愚かなコメンテイターはこの心理を知ってか知らずか
「もっと解放しろ、もっと解放しろ」といっているのです。

トリクルダウンという名の主張があります。
それは「富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が浸透する」というもので、
グローバリズム=新自由主義の正当化の論拠になっています。

嘘つけ。

「2割の人が世の中をリードし、8割の人はついていくだけだ」とはよくいうことです。
個人的には私は人並み以上に努力した人間ですし、
なまけものは嫌いです。
しかし好き嫌いは別にして、
スーパーマンだけの社会、選ばれた20%の人たちだけの社会などあり得ない
(まして1%の人だけの世界など)。
様々な人が共存するのが人の世なのであり、
そのことを前提にした社会システムを構築しなければいけないのです。

このあたりの問題を個人的な思いだけではなく、
専門家の考えを勉強してみたいと思います。
そして私たちにできることがあるのか、
考えてみたいと思います。

カナダのジャーナリストが書いた「ショック・ドクトリン」がアメリカで評判になったようです。
翻訳本がでていますので、読んでみようと思います。